海水浴場での溺水事故において、自然的な要因で最も多いのが、沖に向かう流れの「離岸流」。しかし、離岸流は一般の人だと気づくのが難しいという。公益財団法人 日本ライフセービング協会の常務理事/溺水防止救助救命本部長で海岸工学の専門家でもある石川仁憲さんは、「波が大きければ、『今日はちょっと怖いな』というように視覚で判断できます。でも、離岸流のような流れというのは、なかなか視覚では判断できません」と話す。また、「離岸流の発生を認識して、遊泳客の皆さんに周知する役割がライフセーバーなのですが、ライフセーバーは何万人という遊泳客の皆さんに対して、十数人、もしくは数人で活動しています。さらに、時には遊泳エリア外で泳いでしまう遊泳客の方もいらっしゃるので、どうしても限定的な活動になることがあります。こういった課題に対しても対応していかないといけない」と、離岸流などによる海の事故を防止することの難しさを語っている。そこで、開発されたのが、「海辺のみまもりシステム」。
■離岸流をAIで検知してIoTを活用して周知
海辺のみまもりシステムは、海岸に設置したカメラで撮影した映像をAIが分析。そして、離岸流の発生が検知されると、海岸にあるモニターで海岸利用者に離岸流エリアへの立ち入り注意を喚起。また、遊泳客が離岸流エリアに立ち入ると、ライフセーバーのスマートウォッチに通知。こうすることで海の事故を未然に防ぐというもの。2018年に千葉県の御宿海岸で実証実験が行われ、2019年7月6日からは宮崎県の青島海水浴場で導入されている。システムの共同開発に関わった石川さんは「ライフセーバーの目に先端技術の目をプラスすることで、危険をあらかじめ察知し、より迅速かつ確実に遊泳客の皆さんに伝えるシステムです」と話す。
■沖向きの強い風も検知
さらに、離岸流だけではなく、沖向きの強い風も検知し、注意喚起を行うという。日本の事故は、離岸流以外に“風に流される”というのが、自然的な要因では2番目に多い。海水浴場には、浮き輪、そして、イルカ型などの大きな浮力体があるが、風の影響を受けると遠くへと流されてしまうという。そして、「さらに危険なのが、浮力体に乗っていたが滑って落ちてしまって、浮力体だけが沖にいってしまい、自分はそこに足がつかないこと。パニックになってしまうので、これも事故の要因になります」と、石川さんは風に流されることの危険性を話し、「ですので、沖向きの強い風が吹いたら、危ないですよというアラートを鳴らし、さらに、流される人がいたら、ライフセーバーのスマートウォッチに『あそこで人が流されています』と伝えるというシステムの開発を行っているところです」と語る。この離岸流だけでなく、風で沖合に流される遊泳客も検知するAIとIoTを活用したシステムは世界初だそう。
■ライフセーバーにも多くのメリットをもたらす
そんな海辺のみまもりシステムは、ライフセーバーにもメリットがあるという。石川さんは「ライフセーバーの守備範囲を、AIによってより広げることが可能というのがまずあります。また、慣れている場所でずっと活動していると、『ここでは今まで離岸流は発生していない』とか『ここは決して危険な場所じゃないな』と考えてしまう時があります。でも、AIが先入観なく離岸流の発生を通知してくれることで、バイアスを取り除き、安全管理を客観的かつ確実に行える体勢が整います。実際に、千葉県の御宿海岸では、遊泳区域外の離岸流が今まであまり発生していなかった場所でAIが離岸流を検知し、重大な事故になる前にライフセーバーによって迅速な救助が行われたという報告も聞いています」と、メリットと実際の成果もあったと話す。
■今後は世界を視野に入れて展開
今後、海辺のみまもりシステムは、より進化させていく予定だという。「開発段階ですが、日本財団様に助成して頂き、遊泳客がスマートフォンで離岸流の発生場所などの情報を得られるように進めています」と、石川さんは語る。
さらに、このシステムを世界で役立てたいとも考えているという。実際に、国際ライフセービング連盟などが2019年10月8日から10日にかけて南アフリカで国際会議を開催した際、海辺のみまもりシステムを紹介。オーストラリアの参加者からは「共同研究は可能か?」と尋ねられるなど、各国から称賛と問い合わせが相次いだ。「オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、イギリス、そしてアジア圏でも離岸流による事故が多いので、システムを諸外国にも提供していければ、水辺の事故ゼロに向けて貢献できるかなと思います」と、石川さんはシステムへの期待を語っている。
近い将来、日本発の海辺のみまもりシステムが、世界中で海の事故を減らすかもしれない