テクノロジー

試食をすすめる販売員も「マネキン」?|100年続く推奨販売の歴史と3000人調査から探るAI時代の「売り場の人」の価値

●AIが人の仕事を代替する時代。それでも「売り場の人」が必要とされる理由とは?

スーパーマーケットの試食コーナーで「おひとついかがですか」と声をかけられ、つい手を伸ばした。そんな経験がある人も多いのではないでしょうか。店頭で商品をすすめたり、実演したりする販売員は、業界では古くから「マネキン」と呼ばれてきました。インターネット通信販売をはじめとするECやSNS、そしてAIによって、商品の情報はスマートフォンひとつで簡単に手に入る時代です。こうした技術の進歩は、買い物だけでなく、「人」の仕事の在り方にも影響を及ぼしています。AIの導入を背景に人員削減に踏み切る企業がある一方、日本の小売業界では深刻な人手不足が続いています。そんな中でも、売り場から「人」がいなくなることはありません。では、売り場に立つ人は、私たちの買い物の中でどんな役割を果たし、その価値をどう測ればよいのでしょうか。

●試食販売員も「マネキン」? 約100年前のマネキンガールにルーツを探る

「マネキン」と聞くと、服を着せる人形を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし日本には、もうひとつの「マネキン」があります。百貨店やスーパー、専門店などで商品を説明し、販売する人たちです。高島屋史料館によると、1928年に開かれた「大礼記念国産振興東京博覧会」で、「日本初のマネキンガール」が話題になりました。公益社団法人 全日本マネキン紹介事業協会も、1929年を「新職業としてマネキン誕生」の年と位置づけています。当時のマネキンガールは、実際に衣服を身につけ、歩き、振る舞うことで、「この服を人が着るとこう見える」という姿を、生身で見せていました。服という「物」が、「自分が着たらどうなるだろう」という想像に変わる。商品そのものは変わらなくても、人が介在することで、自分にとっての選択肢へと変わるのです。マネキンは、約100年前に生まれた、かなり革新的な“メディア”だったといえるのかもしれません。

その後、マネキンは職業として制度化され、1957年には東京都マネキン斡旋業組合が設立されます。現在の全日本マネキン紹介事業協会は、マネキンとして働く人の地位向上や雇用管理、福祉などを目的に活動しています。こうしたマネキンが担う仕事のひとつが「推奨販売」です。冒頭で紹介した、店頭で商品をすすめたり、実演したりする販売員もマネキンと呼ばれているのです。そして、働く人を守る仕組みが整う一方で、市場を見る目は「何人を派遣できるか」「1人1日いくらか」「1日に何個売れたか」といった、人材と販売量の物差しへと移っていきました。

●コロナ禍で姿を消した試食販売員が売り場へ! 推奨販売で見直される「人」の役割

売り場に大きな転機が訪れたのが、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大です。試食や試飲、対面での接客、実演販売など、人と人が近づくことで成り立っていた活動は一斉に止まり、売り場から一度「人」が消えました。

ところがその後、推奨販売の需要は回復しています。推奨販売の人材サービスを手がけるインパクトホールディングスグループのインパクトフィールド株式会社では、推奨販売の月間稼働数が2026年3月に、コロナ禍以降で初めて8,000件を突破したと発表。コロナ禍以前のデータは残っていないため単純な比較はできませんが、同社はその背景について、ECが浸透する一方で、専門スタッフとの対話や、商品を直接試す体験の価値が見直されていると説明しています。人が売り場から一度いなくなったからこそ、人がいることで何が起きていたのかが、見え始めているのかもしれません。

●約8割が販売員からの声かけ! 600人調査で見えた商品との新たな出会い

こうした中、Webメディア「ニッポンモンダイ」が、全国3000人を対象に、店頭での実演販売に関するインターネット調査を実施。

過去1年間にスーパーやドラッグストア、家電量販店、百貨店などで、実演販売や商品案内を見かけたことがあるかを聞いたところ、最も多かったのは「食品・飲料の試食・試飲」で49.6%。ほぼ2人に1人が目にしていました。では、その試食や試飲などにいたるまでの“接触”はどのように始まることが多いのでしょうか。実演販売を経験した600人に直近の接触について聞くと、「販売員からすすめられ、試食・試飲・試用をした」が46%で最多。「商品を見ていたところ販売員から声をかけられ、その後に質問・相談した」22.5%、「販売員からすすめられ、説明や実演を受けた」11%と合わせると、79.5%が販売員の側から始まった接触でした。「自分から販売員に声をかけ、質問・相談した」は14.3%にとどまります。

注目したいのは、販売員と接する前の状態です。「商品は知っていたが、特に興味はなかった」が30.8%、「商品自体を知らなかった」が32%で、合わせて62.8%が、もともと明確な購入意向を持っていないようでした。一方、「購入したいと思い、調べていた」人は15%にとどまりました。売り場の人は、すでに買う気のある人の背中を最後に押すだけではありません。まだ興味を持っていない人と商品との出会いそのものをつくっているのです。

●「買いたい」より「分かった」! 試食・実演販売で生まれる商品理解の価値

販売員と接したことで何が変わったのかを聞くと、「味や使い心地が分かった」が34%で最多でした。「商品の特徴が分かった」32.3%、「使い方・食べ方が分かった」21%、「自分に合う商品か判断しやすくなった」17.5%と続きます。

一方、「特に変化はなかった」も25%あり、すべての人に同じ変化が起きるわけではありません。それでも、変化があった人の多くにまず表れていたのは、「買いたくなった」よりも手前の、「分かった」という変化でした。商品の情報を、「自分の場合はどうなのか」に置き換える。売り場の人が渡しているのは、単なる追加の情報ではないのです。

●AIより「人」に頼りたいのはどんなとき? 商品選びで販売員が選ばれる理由

では、AIやインターネットと店頭の販売員には、それぞれどんな役割が求められているのでしょうか。

ニッポンモンダイの調査では、商品選びの場面ごとに、AI・インターネットと販売員のどちらに任せたいかも聞いています。商品について「調べる」では、AI・インターネット側が49%、販売員側が22.3%。「他の商品と比較する」でも、AI・インターネット側が50.2%と、情報収集や比較ではAIやインターネットが優勢でした。

一方、「使い方や使用感を確かめる」では販売員側が43.3%(AI・インターネット側25%)、「疑問や不安を解消する」でも販売員側が37.3%(同29.7%)と、販売員が上回ります。さらに「最後に購入を決める」では、「どちらともいえない」が41.7%で最も多かったものの、販売員側が38.3%と、AI・インターネット側の20%を大きく上回りました。

二分されているわけではありませんが、情報を集める段階から、体験して判断する段階へ進むほど、人が選ばれる傾向が見えてきます。インパクトホールディングスの寒河江社長は、この購買直前の接点を「ラストワンコンタクト」と表現します。AIやインターネットで商品を知り、比較してきた人に、最後の数秒、数十秒で実際に試してもらい、「自分に合う」「これなら使える」と実感してもらう。短い時間の中で商品の価値を体験に変えることにも、販売現場のノウハウがあるといいます。以前お伝えした「棚前サイネージ」は、店頭の試食販売や推奨販売の一部をデジタルで補う発想から生まれたものでした。デジタルが情報を届け、人が納得をつくる。売り場では今、人とデジタルの役割分担が進みつつあるのです。

●約4割は「販売員がいなければ試さなかった」|売り場の価値は売上だけでは測れない

調査では、「販売員がいなかった場合でも、その商品を試したり、詳しく知ろうとしたりしたと思うか」も聞いています。「そう思う」「どちらかといえば、そう思う」は合わせて49.2%。一方、「どちらかといえば、そう思わない」「そう思わない」は合わせて38.8%でした。約4割の人にとっては、販売員がいたからこそ、商品との接点が生まれていたことになります。

価値が生まれているのは、メーカーの商品だけではありません。販売員がいることで店の価値がどう変わるかを聞くと、「自分に合う商品を見つけやすい」19.5%、「安心して買い物ができる」19.2%、「店に活気がある」15%などが挙がり、「特に価値を感じない」は17.5%でした。裏を返せば、82.5%が、販売員のいる売り場に何らかの価値を感じていることになります。寒河江社長もその価値について次のように話しています。「僕らの仕事は、販売員をひとり置いたから、その日の売上だけで必ず費用を回収できる、というものではない。それでもメーカーさんからの需要がある。それは、売上以外にも価値があるからだと思っている」

特に大きいのが、人手不足に悩む小売店にとっての価値だといいます。「今、店舗は本当に人が足りない。接客したくても、商品をきちんと説明したくても、そこまで手が回らない。そこにメーカーさんの販売員が入ることで、商品説明だけではなく、声が出て、売場に人が集まって、店舗全体が賑わう」

メーカーにとっては、新しいお客さんとの接点が生まれ、商品への理解や信頼につながる。小売店にとっては、接客が補われ、売り場に活気が生まれる。そして買い物をする人にとっては、違いが分かり、試すことができ、納得して選べる。売り場の人が生む価値は、メーカー・小売り・生活者の“三方よし”で捉える必要がありそうです。

●「人手」から「接点」へ! AI時代に変わる「売り場の人」の価値と新たな市場

もっとも、売り場の「人」は、どんな商品にも必要とされているわけではありません。「最後は人に会いたい」と思う商品を1つ選んでもらうという調査では、最も多かったのが家電で25.2%、次いで自動車17.2%、食品12.8%でした。価格が高い商品や、使い方や自分との相性を確かめたい商品で、「人」が選ばれています。一方で、「特に無い」も21.3%ありました。どんな買い物の場面で人が介在する意味があるのかを見極めることが、これからの売り場づくりには欠かせません。

こうした調査結果をもとに、ニッポンモンダイでは、人を介して商品の発見・理解・体験・納得・信頼が生まれるリアルな接点を「ヒューマンタッチポイント」と名付けています。試食・試飲だけでなく、化粧品売り場のビューティーアドバイザーや家電の実演販売、ポップアップストア、ショールームなど、これまで別々に扱われてきた販売促進の手法も、「人が介在することで商品が自分にとっての選択肢へと変わる」という視点で見れば、ひとつの市場として捉え直せるといいます。

Googleとボストン コンサルティング グループ(BCG)の調査では、消費財・家電メーカーと小売りが投じる販売促進費は約2.2兆円と推計。ニッポンモンダイでは、このうち人が介在すること自体が価値になる領域を仮に15~35%とすると、約3300億~7700億円になると試算しています。市場規模を確定する数字ではなく、あくまで考え方を示すための初期仮説ですが、「何人を派遣したか」ではなく「どんな価値が生まれたか」で売り場の人を捉え直す視点は、人手不足に悩む売り場にとっても示唆がありそうです。コロナ禍を経た変化について、寒河江社長はこう話しています。「コロナ禍で、人が一度売場からいなくなりました。そこで逆に、人がいることの意味が見えるようになった部分もあると思う。AIもECも進むと思うが、人にしかできないところは、むしろこれから価値が上がっていくのではないか」

AIやインターネットが情報を大量に届けてくれる時代だからこそ、人が商品と生活者のあいだに入り、その情報を“自分のこと”に変えていく。人手不足やECの台頭など、リアル店舗を取り巻く環境が変わる中、売り場に立つ「人」の価値をどう測り、どう生かしていくのか。100年前も今も、人が介在することで商品が「自分にとっての選択肢」に変わる。その変わらない価値に気づき、測り方を変えることも、ひとつのイノベーションなのかもしれません。

※動画内にはAIで生成したイメージ映像を複数使用しています。

【調査概要】
・調査主体:ニッポンモンダイ編集部
・調査方法:インターネット調査
・スクリーニング調査:全国の20~69歳の男女3000人(2026年9月実施)
・本調査:過去1年間に実演販売を経験した全国の20~69歳の男女600人(2026年9月実施)
・出典:https://nippon-mondai.jp/mondai/humantouchpoint/

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